「浅葱色」という色を、ご存知でしょうか。
「あさぎいろ」と読みます。
「浅葱色」 は蓼藍 で染めた明るい青緑色のことを指し、「浅葱」は薄いネギの葉の色に由来しています。「浅葱色のダンダラ羽織り」と聞けば新撰組 を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。古くは平安時代 から存在する伝統色で、日本人の暮らしの中にずっと根付いてきた歴史を感じられる色なのです。
そんな「浅葱色」ですが、同音異句で別の色を指す言葉に「浅黄色」というのが存在します。「あさぎいろ」ないし「あさきいろ」と呼ばれ、昔から両者は混同されてきたという歴史を持つようです。
「浅黄色」 とはその名の通り薄い黄色を指す言葉ですが、同じ読み方でふた通りの色が想起されるのは、いかにも日本語らしくて面白いなと思います。
「あさぎいろ」、あなたの色は何色なのでしょうか。
そんな少しの戸惑いを愛おしく感じながら、今回の記事を始めたいと思います。当記事は『未体験HORIZON』の重大なネタバレを含みます ので、ご準備がお済みでない方はそのつもりでお読みくださいませ。
尚、虫が苦手な方、集合体が苦手な方も スマホ ぶん投げる前にブラウザバック をお勧めいたします。
・海を渡る蝶
「アサギマダラ」という、海を渡る蝶がいます。
浅葱色をその名に冠したこの蝶は日本中に生息しており、思わず息を呑むような美しい半透明の、浅葱色の翅(はね)が特徴です。成虫になると南へと旅をする生態を持つ彼らは、季節の訪れを告げる蝶として古くから日本人に親しまれてきました。
体長わずか5〜6cmの彼らですが、その小柄な体躯からは信じられないくらい遠くへ 旅をします。その距離なんと2000km。日本本土から南西諸島、台湾、及び中国にまで渡った事例が観測されています。
「アサギマダラ」がなぜ海を渡るのか、この小さなからだのどこにそんなエネルギーがあるのか。その詳しい生態系は謎に包まれており、未だに解明されていない部分が多く残されているそうです。ワクワクしますね、これが未解明HORIZONです。
温暖な気候を好む彼らは秋になると南方へと大移動をしますが、秋になり『未体験HORIZON』が発売されるとオタクもアニメショップへと大移動した、という生態が観測されています。虫なのかな?
「アサギマダラ」は気候の変化を読んで長距離飛翔をしており、台風などの風を利用しているのではないかと推測されています。つまり
信じられないくらい 遠くへ飛べそうだから
空だけ見てスタート!
風に乗っちゃえ 一気に乗っちゃえ
ということですね。
「アサギマダラ」の群れはその長い旅を、世代交代を繰り返しながら飛び続けます。短い寿命の中でなぜ、彼らが身の丈に合わないような過酷な旅を続けるのか。それはもう本能だからとしか言いようがないでしょう。彼らにとってきっと、生きることは旅することであり、生きることは前に進み続けることなのです。
彼らがそうであるのと同じように、人生もまた旅なのでしょう。
人生ってさ。
『未体験HORIZON』MVより
MV曲中のDメロにあたる部分のカットですが、光り輝く蝶の群れが海を渡ります。 このシーンの掘り下げについては後述しますので、ひとまずはここまで。
・モルフォ蝶
『未体験HORIZON』MVより
『未体験HORIZON』のMV冒頭、芹沢光治良 記念館の中に佇む国木田花丸 の姿からこの物語は始まります。彼女の背後には美しい青い翅の蝶の標本が。意味深げなカメラワークで映し出されていますが、皆さまご存知の通りこの標本、芹沢光治良 記念館には実在していません。実在しないものが意図的に持ち込まれたということはつまり、このモチーフには意味が隠されています。
MVに登場する青い蝶ですが、こちらは「モルフォ蝶」 という種類の蝶です。
モルフォウチョウ科には見た目が全く同じような蝶が何種類もいるため、完全な特定には至りませんでしたがいずれも南米 に生息する種類の蝶です。 MVに出てくる標本が実際に展示されている、多摩動物公園 に行けば詳細がわかるかもしれません。(行ってないのでわかりません)
これらの種はモルフォウチョウ科の中ではもっともポピュラーな蝶のようで、その美しい翅から収集家の間では人気が高く、標本はけっこうな高値で取引されているとか。
さて。ではなぜ国木田花丸 とは縁もゆかりもなさそうな、南米原 産の蝶の標本がMVに登場するのでしょうか。そこに迫ってみましょう。
モルフォウチョウ科の標本が一部の界隈で人気であると先述しましたが、一般的に甲虫以外の虫の標本は劣化しやすいものなのです。特に蝶の標本は光線を浴び続けると色が褪せ、その美しさが損なわれてしまいます。でありながら、モルフォウチョウの標本はなんと市場価格¥10,000〜という高値で取引されています。蝶の標本は長くは美しさを保てないはずなのに、なぜそんな高値で売れるのでしょう。
その理由は、この蝶の翅の鱗粉に秘密が隠されていました。
実は、モルフォ蝶の翅の鱗粉にはもともと青い色素が存在しません。でありながら翅が青い金属光沢を放っているのは、鱗粉の特殊構造が光の屈折に干渉し、青色の波長の光のみが反射される「構造色」によるものだというのです。つまり、本来は翅は青くないはずなのに青く見える。
「構造色」でわかりやすい例を挙げると、歴史の教科書にも出てくる法隆寺 の宝物「玉虫厨子 」がそれにあたります。玉虫の羽根を装飾として用いたあれです。虹色の輝きが美しい玉虫の羽根は、長い年月を経てもその色彩が失われることはなかったといいます。
そんな秘密を隠し持っていたモルフォ蝶の鱗粉ですが、その構造はとても特殊で干渉色でありながら視覚的依存性がない(どこから見ても青く見える)という、世界でも唯一無二の発色機構であるようです。
つまり、この蝶の翅が持つのは「唯一無二の青い輝き」 であり、
その美しさは決して消えることなく、「半永久的に輝き続ける」 のです。
説明が長くなってしまいましたが、そういうことです。
以上のことから、あの青い蝶の標本は花丸ちゃんの世界の中でずっと消えない輝き、Aqours という宝物のような経験を象徴する記憶のモチーフとして登場したのではないか 。という解釈に辿り着きました。
花丸ちゃんの回想シーンでAqours がライブのフォーメーションを悩んでいる場面がありますが、ホワイトボードに描かれていたのは『WATER BLUE NEW WORLD』のフォーメーション。ルビィちゃんが衣装デザインに提案をするシーンの楽曲は『夢で夜空を照らしたい 』ですね。ルビィちゃんが屋上にいるシーンが『Brightest Melody』と直接関係しているのかは定かではありませんが、1年生組が加入して最初の楽曲と、ラブライブ! での最後の楽曲が登場するのには、花丸ちゃんにとってのAqours の軌跡の全てが込められているようでいいですね。
永遠に消えることなく輝き続ける青色の記憶は、『WATER BLUE NEW WORLD』だけでなく、それまでのAqours の軌跡のすべてを包有した "青" であるようです。
そう考えるとMVの曲が終わった後のカットで彼女が、ノートをその場に残したまま蝶の標本の前から立ち去るシーンに、より強く「始まり」を感じられるような気がします。
・蝶の行方は
Aqours が海を越えてたどり着いたこの場所、有識者 の友人によれば「ウユニ湖」 っぽいですね との談。なるほど、線が繋がります。
ウユニ湖は南米ボリビア に位置する、広さ10,000kmもの巨大な塩原です。MV冒頭に登場した蝶が南米に生息する種 であることに縁を感じます。
蝶といえば花の蜜を吸って生きているイメージが強いですが、蝶には実はナトリウムを摂取する生態 もあります。つまり、Aqours はしょっぱいものが食べたかった んでしょうね。だからウユニ塩湖まで来た。完璧な推理です。
TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!! 』1期2話より
「ほ・ほ・ほ〜たる来い あっちの水はに〜がいぞ こっちの水はあ〜まいぞ〜」 という童謡があるように、日本では古来より味のついた水は虫を呼ぶものであるとされているのです。スクールアイドルもだいたいそんな感じです。
花丸ちゃんがスクールアイドルを始めたきっかけは、ルビィちゃんが光り輝く世界へと連れ出してくれたことでしたね。ルビィちゃんの熱い想いに突き動かされて一歩を踏み出した、あの日の大切な気持ち。 それが彼女の胸の中できらめき続けている、スクールアイドルとしての最初の輝きだと私は思うのです。つまり『未体験HORIZON』の歌詞でうたわれている「熱さ」は、新しく始まることへのときめき。
だからこそ。
過去から未来へと連綿と続いていく輝きを表現したこのMVで、国木田花丸 がセンターに立って率いるAqours が、「ウユニ湖」へと時空を越えて飛び立つことには必然性がある のです。
「うゆ」だけにね。
この曲で善子ちゃんは歌っています、「たぶん呼ばれてるから」 と。深淵を覗くとき深淵もまたこちらを覗いているのと同じように、こころが輝きを求める時、輝きもまた私たちを呼んでいるのです。「うゆ」であるところのルビィちゃんに呼ばれてここ(現在)までたどり着いた花丸ちゃんですが、「ウユニ湖」もまた花丸ちゃんたちを呼んでいたのです。
なんかいい話っぽくまとまりました。
・蝶の夢
『未体験HORIZON』のジャケットが公開された時点での、私が立てた楽曲コンセプトの仮説がこちらです。沼津市 内にも大型の温室の施設がありますから、ジャケットの公開当時はそちらが今作品の舞台なのではなかいかと話題になっていましたね。
ところがですよ。蓋を開けてみれば皆さまご存知の通り、実際にMVの舞台として選ばれたのは「多摩動物公園 」です。沼津要素どこにも無し。これには必ず理由があるはずなので、先ほどの仮説を軸に "この曲のセンターが国木田花丸 である" という点から考察を試みてみます。
「本の虫」 という慣用句があります。
本が大好きで四六時中本を読み漁っている人を指す言葉ですね。そんな「本の虫」であるところの国木田花丸 が、いかにして自分の殻を破って 美しい蝶に "変身" するに至ったのか。という物語が描かれているのが、このMVのあらすじです。
「それでもおらには無理ずら。体力ないし、向いてないよ...」
「そこに写ってる凛ちゃんもね、自分はスクールアイドルに向いてないってずっと思ってたんだよ」
TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!! 』1期2話より
「へーんしーん!!」 (この解説要る?)
余談ですがこれ、Aqours キャストの顔合わせで「ただのオタクです」と自己紹介していた高槻かなこ さんが、最初は体力がなくてダンスに苦手意識すらあったと話していたエピソードとも重なりますね。成長したね!
さて、『未体験HORIZON』で蝶がモチーフとして登場したことの説明はつきました。しかしながら多摩動物公園 以外にも、蝶が放し飼いにされている温室施設は国内に多数存在します。舞台がここであることに必然性がありません。
もう少し焦点を近付けて、多摩動物公園 の「昆虫生態館」に迫ってみます。
画像をしっかりご覧いただけたでしょうか。
なんと、MVの舞台の温室がある「昆虫生態館」それ自体が蝶をモチーフにした施設 だったのです。これってつまり「超巨大リトルデーモン」 みたいなことなのでは?(謎ヨハネ 理論)
私の当初の解釈を整理すると、「温室」は "閉じられた世界の中の蝶を守る存在" であり、つまり「学校」のメタファーである。また、「温室の中でしか生きられない熱帯の蝶」は "高校生活という限られた時間の中でのみ輝くスクールアイドル" のメタファーとして登場している、と仮定していました。
これは「Aqours 」にとっての「温室」が「浦の星女学院 」である という解釈においては話の筋が通りますが、MVの舞台である温室が実は巨大な蝶の一部である ことが判明した以上、どうやらこれが「多摩動物公園 」がMVの舞台として選ばれた理由であるように思えます。この場所が「国木田花丸 センター楽曲」の舞台であることの必然性はどこにあるのか、彼女の目線から迫ってみましょう。
「図書室はいつしかまるの居場所となり、そこで読む本の中で、いつも空想を膨らませていた」
「読み終わったとき、ちょっぴり寂しかったけど」
「それでも、本があれば大丈夫だと思った」
TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!! 』1期4話より
かつて本の世界の中に閉じ篭っていた彼女は、本を閉じた時に自分がひとりであることに少しの寂しさを感じていました。それでも、小学生の頃から本と一緒に過ごしてきた彼女は、本があれば大丈夫だと思えた。
図書館はそんな彼女と、彼女の世界をずっと守り続けてくれた存在でした。
TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!! 』2期13話より
「今まで、まるたちを守ってくれて、ありがと。」
国木田花丸 にとって、このMVの「温室」とは「図書館」のこと なのではないでしょうか。そして国木田花丸 が「蝶」であるのと同じように、彼女にとっては 自分の目の前でサナギを脱ぎ捨てて成長していった、ふたりの仲間もまた「蝶」なのだと思います。
MVの回想シーンで、まだAqours と出会う前の1年生組がマルサン書店 で一同に会する場面。ここで黒澤ルビィ ソロパートからうたわれている歌詞は「僕らの夢が伝われば 信じられないぐらい遠くへ飛べそうだから」 であり、自分ひとりでは飛ぶことができなかった彼女が、夢を共にするみんなと一緒だからこそ飛ぶ勇気を持つことができた。そんな1年生組の想いが込められているような気がします。
「これで終わりずら」
「全部なくなっちゃったね」
「捨てられたわけじゃないずら。鳥みたいに、飛び立って行ったずら」
「パタパタって?」
「新しい場所で、またたくさんの人に読んでもらって、とてもいいことだって思えるずら」
「ルビィたちも、新しい学校に行くんだよね」
「ちょっと怖いずら」
「ルビィだって」
「でも、花丸ちゃんたちとスクールアイドルやってこれたんだもん。大丈夫かな」
「堕天!!(しゅたたたたた)」
「ほら、行くわよ!リトルデーモンたち!」
「「うん!!」」
彼女たちが飛び立てるようになるまで、ずっと守ってくれていた図書館。そんな図書館の本たちも、浦の星女学院 の廃校を機に彼女たちと共に外の世界へと飛び立って行きます。
『未体験HORIZON』MVより
MVのDメロ前の間奏のシーンでは、突如として訪れる闇と共に温室の屋根が消え、無数の蝶が宙へと飛び立って行きます。この場面は夕方から夜への時間経過が急激で、場面転換のために背景を暗転させるだけの演出のようにも見えますが、「温室」を「図書館」、「夜の訪れ」を「浦の星女学院 の廃校」、「蝶」を「本」 として解釈するとこのシーンの映像演出に説明がつきます。
MVの冒頭では国木田花丸 の物語への入り口として白紙の本が開かれますが、本は誰かに開かれることで、物語として誰かの夢に羽ばたきます。
つまりこのMVにおいて、物語こそが蝶なのです。
Aqours9人分の蝶のモチーフが存在するのは9人分の物語が存在するからであり、そして9人分の物語から成るAqours の物語が存在するのです。
本の数だけ物語が存在するように、私たちAqours のファンにも、ファンの数だけ物語が存在します。そしてAqours と私たち、ラブライブ! を取り巻く全ての人間から成る巨大な物語こそが
「新しいみんなで叶える物語」なのです。
「私には夢があります。みんな目標を持ってそれぞれの人生を頑張っていて、その中にAqours がいて、Aqours を通して、みんなの夢っていうか、生きる活力になって欲しいなって思ってます。Aqours の夢がみんなの夢になったらいいなって。みんなの生きる活力になりたいんだよ!本当に!みんな、明日から頑張れますかーー!!」
Aqours 2nd LoveLive! HAPPY PARTY TRAIN TOUR 埼玉公演 高槻かなこ MCより
あのMCを思い出します。
高槻さんは以前から「夢を叶えたい」という言葉を常々口にされている方でしたよね。自分自身だけでなく、誰かの夢も背負って叶えていくと公言するのは並大抵の覚悟ではできないことでしょう。彼女は「かなこ」という名の通り、「夢を叶える人」として生きる運命を背負った人なのだなぁと思うのです。
1人よりも2人での方が、2人より9人での方が、9人よりみんなでの方が、きっと大きな夢を叶えられる。花丸ちゃんの背中を押してあげようと決意して、見事にその夢を叶えてみせた彼女なら、この先もきっともっと大きな夢を叶えていくのでしょう。「Aqours の夢がみんなの夢になったらいいな」という願いはとても尊くて、その美しい響きは今でも私の胸を打ちます。でもだからこそ、私も誰かに夢を預けている場合ではないのだな、と強く背中を押されている気分です。自分信じてみたくってさ。
「花丸ちゃんがセンターになって、夢を叶えるってこういうことなんだと実感しました。でも、叶えたから歩みが止まることはありません。」
電撃G's magazine.com【Aqours 4th シングル「未体験HORIZON」発売記念!】国木田花丸 役 高槻かなこ インンタビューより
余談ですが、少し蝶の夢の話を。
先述したMVの間奏からDメロへのシーン、場面が温室から海へと転換しますが、ここで現実から非現実への跳躍が行われていますよね。現実世界からファンタジー へと誘う存在、妖精には蝶の翅が生えているものです。
妖精は人を夢へと誘う存在でもあるようですが、夢に蝶が出てくるのは人生の転機、変身、ターニングポイントを暗示する、とも言われているみたいです。「胡蝶の夢 」なんてお話もありますね。荘子 という人が夢の中で蝶になり、自分が蝶なのか、蝶が自分なのかがわからなくなったというお話。「胡蝶の夢 」はことわざとしても使われているようで、"自分と物との区別がつかない物我一体の境地" "現実と夢の区別がつかないこと" を表すそうです。人と本の区別をつけずに「物語」という一元的な概念として扱っていたり、現実から非現実への跳躍がシームレスに行われていたりする、このMVとは共通点があるように思えます。が、残念ながら本当に不勉強なので与太話はここまで。
・水平線へと
『未体験HORIZON』MVより
非現実のシーンを真面目に考察するのもおかしな話ですが、後述しますと書いてしまったので一応やります。
こちらのMVでDメロにあたるシーンですが、タイムラプス撮影っぽい映像になってますよね。『HAPPY PARTY TRAIN 』のMVでも、落ちサビ以降の背景で星空を定点で長回し 撮影したような映像が登場しています。ラブライブ! は時間と距離の概念をぶっ飛ばして、感情を最優先で描くようなエ・モーショナル演出が見所だなぁと思っています(感想)
こちらのシーンですが、画面向かって左から右へと太陽が移動しているので、映像だけで言うと日の出から日の入りにかけての時間経過のようなものが描かれています。が、時間の経過というよりは "想い" が理屈も距離も越えて見果てぬ世界へとたどり着くこと に表現の本質があると思うので、たぶんこっちです。
やがてたどり着いた先でウユニ湖を彷彿とさせる場所に降り立つAqours ですが、ここで沈んだはずの太陽が水平線の向こう側で再び輝きます。 つまりこれです。
「動き出したミライへ…!」
高海千歌 が歌うこのフレーズは、水平線の向こう側で待ち受ける未来へと想いを投げかけています。希望を求めずにはいられない、明日を渇望する気持ちには抗えない。居ても立ってもいられないような、衝動に駆られて思わず走り出してしまうような。輝きを切望する心にとって、朝日が昇るを待つのでは遅すぎるのです。
アニメの物語でも、高海千歌 がいつもそうであったように。
『未体験HORIZON』のMVでは、Aqours はついに地球の自転を追い越します。新しい朝が来るのを待つのではなく水平線の向こう側へと飛び立ち、自ら太陽を迎えに行ったのです。
"太陽を沈ませない" という新しいAqours の姿からは、これからもラブライブ! シリーズを背負って駆け抜けて行くのだという絶対的な意志のチカラを感じます。一度沈みかけたはずの太陽を呼び戻したかのようなこの映像演出は、圧倒的に「これから」を私たちに印象付けるダイナミックさとパワフルさに溢れていて、思わず胸が高まりますね。
・明鏡止水
「明鏡止水」とは "波立たず、静かに落ち着いて澄みきった心の状態" を形容する熟語で、本日二度目の登場となる荘子 の話から生まれた言葉です。
MVでAqours が海を越えてたどり着いた場所は、どこまでも広がる空の青を広大な水面が映し出す幻想的な光景が広がっていますね。このウユニ湖は実は雨季にだけ出現する巨大な水たまりであり、波がなく水深も浅い、太陽の位置が低い、などの鏡面世界を作り出すのに必要な条件を満たした環境となっています。
Aqours と海とは切っても切り離せない関係だと思いますので、敢えて海ではなく湖がMVの舞台に選ばれたことには必然があるように思われます。
有識者 によれば人間の視線の高さで視認できる水平線の距離は4〜5km程度らしいのですが、障害物のない広大な鏡の水面が広がっていて、水平線を太陽が移動する。という絵を撮ることが目的であれば、ウユニ湖はうってつけのロケーションであるようです。
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『未体験HORIZON』のラストフレーズ、国木田花丸 が歌う「思い出抱いて前に...」 の部分からMVの背景が鮮やかな青い空へと明転します。この「思い出」という言葉と呼応するように、Aqours が踊る水面には過去のナンバリングシングル衣装の姿が映し出されていきます。
ラブライブ! 世界において「空」は彼女たちの心情を映し出す役割を果たしていますが、このMVにおいては「水面」はAqours の「過去」を映し出すものとして存在しています。水平線の向こう側が「未来」を象徴するものとして存在しているので、「空」を「未来」を映し出すものとして位置付けてみます。
水平線とは空と水とが溶け合った境界線ですが、その空と水面の狭間でAqours は歌っています。つまり、このシーンでは「未来」と「過去」の狭間である「いま」を輝くAqours の姿が描かれているんですね。
未来と過去の狭間で「いま」というこの瞬間を全力で輝くAqours を表現するために、水面と空の交わる場所を、過去を大切にしながら美しく描ける場所を、MVの舞台に選んだのではないかと私は思います。
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・輝きを背負って
『未体験HORIZON』のMVはこれまでのラブライブ!サンシャイン!! のアニメーション作品と比較してみると、決定的に異なる描かれ方をしている要素がひとつあります。その象徴となるのがこの印象的なラストカット。
思わず視線が吸い込まれる、息を呑むほど深みのある群青色の空。少しの冷たさと切なさと、何も語らない空がぎゅっと胸を締め付けるような余韻を残します。いつのまにか大人びた顔つきになった、いまのAqours に相応しい空の色ですよね。
さてこのシーン、カメラが下からぐいっとパンして青空がどーん!と出てきてMVが終わるわけですが、何も映ってない。ただどこまでも抜けるような空。太陽とか虹とか、なんもない。太陽どこ。
実はこのMV、あらゆるカットで徹底してAqours は太陽に背を向けた構図 になっています。太陽を追いかけていたAqours はもういない、太陽を背負って立つ覚悟を決めた力強い姿がそこには描かれています。『HAPPY PARTY TRAIN 』のMVを見返して頂くとわかりやすいのですが、前作のMVでは物憂げな表情で空や光源を見つめるAqours の姿が描かれています。対照的に今作では、ほぼ全く見ていません。
『未体験HORIZON』MVより
特に印象的なのがこちらのルビィちゃんです、まず敢えて振り返って太陽に背を向けた上に
『未体験HORIZON』MVより
「今日は一度しかない」 という歌詞を歌っているにも関わらず、沈みゆく夕日に背を向けています。 彼女の意志は強いです、徹底的です。
実はこのMVでは対照的に、ひとつだけ光源 を見つめている子が描かれているシーンがあるのでご紹介します。
『未体験HORIZON』MVより
アケフェスで遊ぶギルキスの3人、プレイしている楽曲は『ユメノトビラ 』ですね。善子ちゃんは何やら小難しい顔をして腕組みをしていますが、なんか変ですよね。この時花丸ちゃんは作詞に挑戦していますし、ルビィちゃんはラク ーンの屋上を案内している(恐らくAqours がライブする場所としてか、練習場所として見つけて報告している)(私服のため時系列の特定ができない)ので、1年生組は新しい一歩を踏み出した成長が描かれているはず だと思うのです。
私が思うに、これ善子ちゃんμ'sの振り付けとフォーメーションを研究してたんじゃないかと思うんですね。彼女はAqours の活動前から自分の輝きを求めて突っ走っていましたし、μ'sに憧れていたという経緯もない。だからこそ、初めてμ's(太陽)と向き合った瞬間 だったのではないか、と。内向的で他者と正面から向き合うことを避けてきた彼女にとって、他のメンバーとは逆に、太陽と向き合うという過程も成長の現れだったのではないかな と想像しています。
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μ'sを見つめながら「ぜんぶ乗り越えてくよ」 って歌ってるんですよね。
まぁでも深読みかもしれません。3年生との別れも乗り越えなければならないですし、いつも1年生組でつるんでた善子ちゃんが先輩たちと一緒に遊んでいる、というのは立派な成長だと思います。鞠莉ちゃんが卒業する前に思い出を作れてよかったね。
・水平線のその先へ、想いをトキメキを
『未体験HORIZON』はあまりに眩しくて、向き合うのに時間がかかってしまいました。Dメロのソロパートの歌い継ぎが特に好きで。ワンフレーズにひとりひとりの物語が、ラブライブ!サンシャイン!! の物語が感じられるところが胸に刺さります。海の深さを知る人、海から見上げた太陽の輝きを知る人、万物を敬愛する尊大な心を持つ人、水平線の向こう側にいる人を想い続けてきた人、自分を犠牲にしてまで大切な人たちの居場所を守ろうとした人、友達に世界の広さを教える中で自分もまたそれを知ることができた人、自分の外の世界に心を開く一歩を踏み出した人、明日に焦がれ輝きを求め続ける人。
この作品と向き合う中で幾度となく虚無のような朝を迎えてきましたが、それでもAqours に触れるといてもたってもいられないような気持ちになる。輝きを求めて苦しむ気持ちも、これまでの日々も、全てに意味があって、全てに価値がある。そう肯定してくれたような気持ちになる。絶望にまみれた朝だとしても、それでも朝が来ることそれ自体が希望であると教えてくれる。未体験HORIZONは迷いなく希望を歌っているようでいて、「自分信じてみたくって」と信じる一歩手前の気持ちを歌ってくれているところが、等身大の自分にも重なって同じように思えるので。そこが好きです。
今回はMVの考察をメインに書いてみましたが、当記事はいかがでしたでしょうか。是非いま一度MVを観直していただいて、この作品をもっと楽しむきっかけになれたら幸いです。
↓こぼれ話と『Deep Resonance』のお話も良かったら読んでね